― 完璧じゃないから、美しい。ピリングスが描く「関係性をまとう服」
“未完成の美”を提案するデザイナー・村上亮太のブランド「pillings(ピリングス)」が、最新の2025年秋冬コレクションが2025年3月17日(月)、東京都港区にある、品川インターホールシティにて発表された。
💎文:洪 玉英 💎カメラ:安座間 優
◆「毛玉は欠点じゃない」――ピリングスが示す、新しい“普遍性”のかたち
今回のテーマは、「pillings流の普遍性」。
形が整いすぎた今の時代だからこそ、くしゃくしゃで不完全なものの中にある優しさが、服を通して語られていた。
◆静かに灯る61の光──懐かしさと優しさが舞うレトロな余白
会場は、時の止まった校舎のようだった。
木の床が静かにきしみ、無機質な壁が記憶の奥にある風景を呼び覚ます。
ランウェイには、61個の小さなランプが一列に並び、息をひそめるような光が、空間を淡く染めていた。
響いていたのは、グランドピアノの旋律。
言葉にならない想いをすくい取るように、抽象的な音が空間にゆっくりと降り積もり、はじまりの瞬間に、ぬくもりとほのかな郷愁を添えていった。
「着飾る」から「共に過ごす」へ──静かな反逆のグレージャケット
静かなる抵抗:「何も起きていいないようで、すべてが起きている」

ランウェイに最初に登場したのは、毛玉のようなテクスチャーのグレージャケット。
ゆるやかな輪郭を描く服と、どこかためらいを残したモデルの足取り。
そこにあったのは「見せる」ための表現ではなく、「生きる」ことそのものだった。
音も演出も抑えられた舞台で、その静けさこそが“反抗”だった。
完璧を崩し、未完成を肯定する──それは、現代ファッションの常識に対するpillings流の挑戦だ。
◆ブランド名の由来は“毛玉たち”─関係性を肯定する服作り

「pillings」は、英語で毛玉を意味する“pilling”に複数形の“-s”をつけた造語。
毛玉は、人と服の関係性の中で自然に生まれる“痕跡”。
その毛玉を愛おしい記憶や関係性の象徴として肯定的に捉え、デザインの核に据えている。
◆縫い目のズレ、襟のゆがみ──整いすぎた社会への静かな抵抗

特に印象的だったのが、不均等な縫い目や斜めに走るステッチがあしらわれた一着。
人の手の温もりを感じさせるそれらのディテールは、無機質な“均一さ”に対する疑問符でもある。
「なめらかで整った服=上質」という既成概念を問い直す、ピリングスならではの視点が光った。
◆二重スカート、くたびれたレース──“意図された未完成”が魅せる静かな強さ

今季のハイライトの一つが、シワ加工のサテンとバルーンシルエットを重ねた二重スカート。
ねじれた縫製やラフな仕上げが、偶然ではなく「狙った未完成」を印象づける。

また、くたびれたレースカーテンのような軽やかなドレスも登場。
どこか疲れた質感をまといつつも、誰もが気負いなく着られる“普遍的な美”を感じさせた。
◆服から“花”が咲く? 遊び心あふれるディテールたち

ニットのセットアップからは、小さな白い布の花々がところどころ顔を覗かせる。
咲くというより、「こぼれ落ちた」かのような、儚くもユーモラスなディテールは、服そのものに生命を宿しているようだった。

ノルディック柄がほどけて、服が語りだす──pillingsらしさあふれる一着
深い赤のノルディック柄ニットは、伝統的な温もりの中に、pillings特有の“ゆがみ”と“び”を潜ませている。
裏側から浮かび上がるようなモチーフや構造が、まるで記憶の断片のようににじみ出し、服そのものが語りかけてくるようだ。
ボリュームのある袖やねじれたディテールは、「整っていない」ことへの美意識を体現し、
足もとのしわ加工スカートとのレイヤードで、“未完成という完成形”を映し出していた。
蟻が歩くニット、乱れたレース──繊細さとざらつきの交差点


白いVネックニットに、目を凝らすと小さな“蟻”の刺繍が散りばめられている。
一見、愛らしくも見えるこのモチーフは、よく見るとやや不穏で、視線を惑わせる。
均整を欠いたレースのフリルや、ねじれたライン、重力に任せたようなドレープ──
それらすべてが、pillingsが掲げる「意図された未完成」そのものだ。
どこか“くたびれた”、けれど味わい深い空気を纏ったルックは、決して衝撃的ではない。
けれど、見る者の心にそっと爪痕を残す静かな違和感が、ここにはある。
ピリングスらしい遊び心も随所に光った。
- ニットのセットアップから、小さな白い布の花が咲くように飛び出す仕掛け
- ノルディック柄ニットの裏側から何かが覗くユニークな構造
- Vネックニットに散りばめられた蟻の刺繍モチーフ
これらの装飾は、服が“命を宿している”ような愛らしさと、ウィットに富んだデザインの妙を伝えている。
◆まとめ:ラグジュアリーの新定義は「未完成と記憶」
pillingsが描くラグジュアリーは、一瞬で消費される「高級さ」ではない。
時とともに寄り添い、毛玉さえも愛おしさへと変えていく服だ。
それは、着る人の人生と共に、静かに記憶を重ねていく存在。
整っていないからこそ、心に残る。
そんな“未完成の普遍性”こそが、pillingsなりのラグジュアリーのかたちなのだろう。
💎文:洪 玉英 💎カメラ:安座間 優